Archive:Wikimedia Quarto/1/Ja-8
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<a href="/wiki/Wikimedia_Quarto/1/Ja-3" title="報告"><img src="/upload/thumb/4/45/40px-Reports.png" alt="報告" /></a>
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<a href="/wiki/Wikimedia_Quarto/1/Ja-4" title="プロジェクト"><img src="/upload/thumb/8/8c/40px-Projects.png" alt="プロジェクト" /></a>
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<a href="/wiki/Wikimedia_Quarto/1/Ja-5" title="インタビュー"><img src="/upload/thumb/e/e5/40px-Interview2.png" alt="インタビュー" /></a>
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<a href="/wiki/Wikimedia_Quarto/1/Ja-6" title="メディア"><img src="/upload/thumb/c/c7/40px-Press2.png" alt="メディア" /></a>
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<a href="/wiki/Wikimedia_Quarto/1/Ja-7" title="国際"><img src="/upload/thumb/d/da/40px-International2.png" alt="国際" /></a>
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<a href="/wiki/Wikimedia_Quarto/1/Ja-8" title="あとがき"><img src="/upload/thumb/7/7e/40px-Endnotes2.png" alt="あとがき" /></a>
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あとがき
9月2日から7日まで、ウィキペディアはアルス・エレクトロニカ・サイバーアート・フェスティバルに参加しました。ウィキペディアはアース・エレクトロニカ賞のデジタルコミュニティー部門においてトロフィーのゴールデン・ニカを獲得し、ジンボ・ウェールズが受賞プロジェクトの講演者として招待されました。 カンファレンスの開かれたブルックナーハウスでは、すべての受賞者がそれぞれのプロジェクトについて発表する機会を与えられました。ドイツ語版ウィキペディアのMikeがウィキペディアのブースを立て、エレクトロ・ロビーと呼ばれる場所では Mike のほか、 Emu、Elian、DerTeufel が来場者にウィキペディアの理念について解説しました。隣りには、大変すばらしい人々が登場しました。クリエイティブ・コモンズが隣りのブースにいて、コモンズの人々はクリエイティブ・コモンズでライセンスされた「オープンソースウォーター」を皆に腹いっぱいになるまで振舞いました。 けれども金曜日に行われ、オーストリアとドイツのテレビで中継されたガラは、やや期待はずれのものでした。地元政治家や賞のスポンサーによる立派なスピーチがいくつかあり、続いて賞の授与が行われました。授賞式では、作品の実演の代わりに、ウィキペディアについてのロンドンミーティングの映像を含む簡単なビデオを上映しました。ガラを中継する代わりに、このときのビデオ上映で映した、ロンドンのウィキペディアンの写真をご紹介します。 日曜の夜、ジンボは、ハワード・ラインゴールドと伊藤穰一 (Joi) と共に夕食をとりました。二人はウィキペディアの熱烈なファンであり、7月の審査委員会の委員でした。その後で私たちは伊藤と他の数名とともにパーティに出席しました。ウィアード誌のジェイン・メトカルフやドイツのオンライン誌テレポリスのアルミン・メドーシュも同席しました。 月曜には短い時間でしたがローレンス・レッシグがリンツを訪れパネル講演を行い、ジンボとともに GFDL の将来について話しました。ウィキペディアの視覚化プロジェクト[1] に従事した IBM の研究員マーティン・ワッテンバーグはウィキペディアのブースで Java プログラムの実演をしました。実に素晴らしいものです! 芸術祭の最終日に、ジンボがデジタルコミュニティーのパネルでウィキペディアについてプレゼンテーションを行い、審査員であるラインゴールドや伊藤から受賞理由について説明がありました。パネリストである伊藤が自分のノートパソコンをいじっていたので、ジンボもそれを真似ることにし、講演が続く中 IRC でチャットすることになりました。実験として、ジンボは #wikipedia で英語版ウィキペディアにまだなかった伊藤についての項目を執筆してくれないかと頼みました。講演の終わりには記事は完成し、その間交わされた愉快な会話のほか、伊藤のブログの記事が生まれる結末を迎えました。私たちはクリエイティブコモンズの人々と共に、クリエイティブコモンズ・オーストリアの立ち上げを祝福しながら、カンファレンスを終えました。 |
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道程
財団のメンバーは冬が始まる前に印刷されたニュースレターを見ることができるでしょう。メタウィキのnewsletter pageに掲載される情報をチェックするか、ニュースレターのeメールでの講読をお申し込みください。次の号は年明け頃の発行となります。よい成果を維持し、絶えず提案を出し続けましょう!
まさかの時の信条は
テーゼ、反立、ジンテーゼ!
中立化のいる記事ならば
テーゼ、反立、ジンテーゼ!
よい種を蒔こう
よいことをしよう
合意が形成されるまで、立ち止まらずに進もうよ
そして呼ばれることだろう
あなたは真のウィキペディアン
テーゼ、反立、ジンテーゼ!
-dpbsmith
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